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労わり
ちょっと前のことになりますが、テレビのニュースで秋葉原通り魔事件の被害者への献花台設置の最終日の状況が流されていました。特に被害者と関係があったわけでもない一般人の方が「被害者が可哀相で、献花にきました」と20代の若い男性が話していたのを見てショックを受けました。

僕もこれまで他の事件でも同じような光景をニュースで見ていたはずなのに、献花などに訪れたことがありません。正直にいうと、献花に行こうと思ったことすらありませんでした。もちろん「可哀想」とか「酷い」といった憤りは感じていましたが、「友人知人が巻き込まれなくてよかった」などと無意識に「他人事の事件」として捉えていたことに気付きました。
そういった事件に巻き込まれることなく、日常生活を送れていること自体が奇跡なのに。
日常に感謝し続けるべきことなのに。

戦争の悲惨さはもちろん、日常にも理不尽な事件が多発し、その度に罪のない犠牲者が出ています。その被害者は当然自分達のご先祖様ではありませんが、同じ人間としてせめて彼ら彼女らの成仏を祈ることはできるなぁ、本当に平和を願うとはそういった行動に現れるのではないかなぁなどと自問自答するきっかけになりました。

そういったことを通じ、最近意識している言葉ですが「生かして頂いてありがとうございます」と色んな意味で感じます。その中で多くを気付き、心を込めて社会に貢献できることを一つでも出来る範囲でやりたいと思います。
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